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大阪地方裁判所 平成7年(ヨ)871号 決定

債権者

竹谷吉左衛門

右代理人弁護士

東畠敏明

松本研三

富阪毅

出水順

井上計雄

債務者

太平洋証券株式会社

右代表者代表取締役

服部省二

右代理人弁護士

高井伸夫

山崎隆

岡芹健夫

廣上精一

主文

一  本件申立てを却下する。

二  申立て費用は債権者の負担とする。

理由

第一申立て

債権者が債務者に対し、債務者の証券(歩合)外務員の権利を有する地位にあることを仮に定める。

第二当裁判所の判断

一  本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

1  債権者は、昭和三五年一二月一日債務者(子会社合併以前の商号は山一証券投資信託販売株式会社)と契約を締結して以降平成七年三月三〇日まで、証券取引法に定める外務員として、債務者の証券取引上の職務を行ってきた(以下、これを「外務員契約」という。)。

債務者は、昭和六〇年四月に小柳證券株式会社を存続会社として大福証券株式会社及び山一證券投資信託販売株式会社の三社が合併した総合証券会社である。その資本金は平成七年三月末現在で一八二億四一〇〇万円であり、従業員総数は一七八三名である。

2  債務者は、平成七年三月二七日、債権者との外務員契約を期間満了の日である同月三〇日限り終了する旨の通知をした。

二  外務員契約の法的性質について

1  本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば次の事実が一応認められる。

(一) 債権者と債務者との間においては「外務員委任契約書」(〈証拠略〉)が取り交わされているが、右契約書によれば、「債権者は、債務者のために証券取引法に定める外務員としての職務を行うものとし、債務者は、債権者にその職務を遂行するために必要な業務を委任し、債権者は、これを受任する」ものとされている(第一条)。

そして外務員の営業活動においては、時間・場所について制限・拘束を受けず、債務者から指揮命令を受けることもない。債務者は外務員に対し懲戒権を有しない。外務員は、他の会社の役員若しくは使用人となり或いは自営を行うことも自由である(一〇条四号)。

外務員に対する報酬は、「普及外務員資格ならびに報酬細則」及び「特別外務員資格ならびに報酬細則」に基づいて支払われる。具体的には、〈1〉 一か月間の販売実績により翌月支払う比例報酬、〈2〉 三か月間の販売実績により翌月以降の三か月間に支払う基礎報酬及び〈3〉 六か月間の販売実績により毎年六月と一二月に支払う半期報酬(特別報奨金)である。このように報酬は販売実績に応じるということで出来高払い制によるものであり、各外務員の営業により債務者が獲得した手数料のうち約五〇パーセントが報酬として支払われている。

(二) 太平洋相信会(以下、「相信会」という。)は、もともと昭和五二年八月二九日に山一投販相信会として結成されたものであるが、その目的は、山一投販と外務員がそれぞれの立場を尊重し、相互の信頼と双方の協調及び連帯により会社の発展を期するとともに、外務員の生産性の向上、経済的・社会的地位の向上を図り、あわせて相互の融和を増進する〔山一投販相信会規約(〈証拠略〉)第二条〕ということにあった。そして、その事業内容は、〈1〉 外務員の委任契約条件の内容に関する改善及び疑義の解明、〈2〉 外務員の資質の向上に関すること、〈3〉 外務員の吉凶事及び不慮の災害に対する慶弔金または見舞金の贈与、〈4〉 その他本会目的達成に必要なこと、(〈証拠略〉)である。

相信会は、債務者と外務員契約を締結した外務員を本会員とするほか、債務者の社長を名誉会長とし、これと名誉会長より指名された理事を特別会員とする。相信会は、本会員及び特別会員によって構成される。相信会はその機関として理事会及び評議員会を置いている。理事会において協議が成立した事項については会員を拘束する効力を有している。

債務者は、毎年相信会に対し寄付という形で経費援助を行ってきた。債権者は昭和五二年八月二九日相信会発足以来、同会の事務局長として同会の事務一般を掌理してきたものである。

(三) 相信会理事会は、昭和五六年六月三日外務員契約の継続について協議し、次のような決議がなされた。

〈1〉 債務者と外務員との間に締結された業務委任に関する契約は、外務員が満七〇才(昭和五二年八月一日以降契約者は六五歳)に達したとき契約の継続について債務者、外務員にて協議するものとする。契約の継続について双方合意があった場合は前記満年齢に達したる日から一か年毎に契約を継続することができる。

〈2〉 外務員がすでに昭和五六年六月三日現在満七〇歳以上である場合は、債務者、外務員間に締結された業務委任に関する契約は、実施日以降最初に到来する外務員の満年齢に達したとき契約の継続について債務者、外務員にて協議するものとする。契約の継続について双方合意があった場合は、前記の満年齢に達したる日から一か年毎に契約を継続することができる。

〈3〉 契約の継続については次の要項を勘案の上協議決定する。(再継続の場合も同じ)

健康状況……会社指定医の健康診断の結果正常なる営業活動の遂行に支障がないと認められる者

営業実績・資格……満年齢に達したる日の資格が原則として中級四号(新資格一号級)以上である者(資格については将来の情勢により変更する場合がある。)

〈4〉 契約の継続について、双方合意があった場合は外務員は次の書類を債務者に提出する。(再継続の場合も同じ)

外務員の承諾書 外務員の親族の同意書

〈5〉 適用は五六年七月一日以降の当該者から実施する。

(四) 債権者は、平成三年三月一一日、債務者に対し、「私儀、平成三年三月三〇日を以て満七〇歳になりますが、引続き平成四年三月二九日まで一年間業務に従事致したく、つきましては、契約が継続された場合、外務員委任契約書及び営業員服務規則を遵守して誠実に業務を遂行することを誓い、又契約の継続にあたって下記の事項を承諾致します。

1 契約の継続中において、健康状態、業務従事状況などにより委任業務を遂行することが困難となった場合は、契約の継続を中止されても異議ありません。

2  会社指定医の健康診断を受けるとともに親族の同意書を遅滞なく提出致します。」との内容の「承諾書」と題する書面を提出し、その後も債権者が同趣旨の書面を提出して、平成四年三月三〇日から平成五年三月二九日まで、平成五年三月三〇日から平成六年三月二九日まで契約が更新された。

ところで、その後手続上のミスにより一日ずれて平成六年三月三一日から平成七年三月三〇日まで契約が更新されたが、その際には、債権者が、かつて顧客から依頼を受け、営業員服務規則等法令諸規則の趣旨に背いて架空の名義による注文を債務者に取り次ぐ営業活動を行ったため、承諾書「記1」の文言を「契約の継続中は勿論、今日に至るまでの業務従事状況及び営業員服務規則等法令諸規則遵守状況により、会社が業務を委任することが不可能と判断するに至った場合は、契約の継続を中止されても異議はありません。」とする他は従前と同じ内容の平成六年三月二四日付け承諾書を提出した。

(五) 債務者は、平成六年九月三〇日相信会に対し、「七〇歳以上の普及外務員との契約の継続について」と題する書面を交付し、「1 外務員が満七五歳に達した日以降契約の継続は行わない。但し、平成六年一〇月一日現在満七四歳以上の外務員については、本人の希望があれば、満年齢に達した日より一年に限り契約を継続し、次の継続は行わない。2 七〇歳以上の外務員との契約の継続は、平成七年一〇月以降は満年齢に達する日の資格が四号級以上であることを条件とする。」旨の通知をした。

(六) これに対し、相信会は、債務者を相手方とし、東京簡易裁判所に対し、「一 相手方が、申立人に対し、平成六年九月三〇日発した別紙目録記載の決定通知〔右(五)に記載の内容と同旨〕は、これを認めない。二 相手方は、申立人が、右決定に代わるべき提案する協議案に応ぜよ。」とする内容の調停の申立て(平成六年(ノ)第六六八号)をし、調停期日は二回開かれたが、二回とも申立人側は債権者のみが出頭した。右調停事件は平成七年四月二四日取下げにより終了した。

2  以上に一応認定した事実に基づき検討するに、外務員契約は、当事者間において形式上は委任契約として更新されてきたこと、実質上においても支配従属関係はきわめて乏しいこと、相信会もその実質は到底労働組合と見ることができないものであること等を考えると、これは雇用契約ないし雇用契約類似の契約ではなく委任ないしは委任類似の契約と一応認められる。

したがって、外務員契約の解消を不当労働行為であるとかあるいは憲法違反であるという債権者の主張は、その前提を欠き理由のないものというほかはない。

三  本件契約解消は権利の濫用であるとの債権者の主張について

1(一)  本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実が一応認められる。

〈1〉 債権者らは、平成七年二月、投信委託会社の親会社からの完全分離及び受益者は自分の好む委託会社の商品を自由に購入できる形態に変え委託会社の運用競争を促すことを目的に「投資信託受益者同盟」を設立することとした。そして、そのころ債務者梅田支店内の掲示板に「私達は投資信託受益者同盟を設立する。」と題する「相信会執行部」作成名義の文書(以下、「受益者同盟設立文書」という。)を張り出した。右文書中には、「我々は客さえ大事にして居れば何処ででも飯が食って行けるのです。就而、バブル崩壊以来の投資信託業界の対応、特に昨年六月の同協会からの大蔵省えの答申を見る時、昭和四〇年の山一証券不況時の対応と同様全くの掛声許りで根本的な解決策にはなっていない。委託者と受託者が合意すれば、どんな事でも出来る現在の法律をいい事にして投資信託の償還延長、延長投信からの手数料徴収許りか、最近は額面割れ投信の償還延長せずを言い出す仕末、受益者の意向等全く聞く耳を持たず、やりたい放題、一般大衆は斯様な馬鹿扱いをされて何時迄も黙っていると彼等は思っているのでしょうか。」との記載部分がある。

〈2〉 平成七年二月二二日、債務者の中村梅田支店長から、債権者が、同支店の外務員に「顧客に対し受益者同盟への入会を積極的に進めよ」との趣旨の話をしていたとの連絡があった。さらに、債務者の梅田支店阿部寿則総務課次長の報告によると、同月二四日、顧客から、「貴社の外務員から受益者同盟への入会の勧誘があったがどうなっているのか」との趣旨の問い合わせがあったが、これは外務員が債権者から言われて行ったものであった。

〈3〉 債務者は、受益者同盟設立文書は債務者の名誉及び信用を害するとともに、債務者と顧客との間の信頼関係を根本的に破壊することにより債務者の業績の向上を阻害する決して看過することのできないものであると判断し、平成七年三月六日以後、債権者を含む相信会理事五名に対し、受益者同盟設立文書についての見解をそれぞれ求めた。債権者を除く理事四名は、「受益者同盟設立文書の作成・配付行為に直接又は間接に関与したこと、受益者同盟設立文書が会社の名誉及び信用を害し、かつ、会社の業績の向上を阻害することをそれぞれ認めるとともに、これらの行為について深く反省する」との趣旨の誓約書を債務者に提出したが、債権者はこのような文書を提出しなかった。

〈4〉 受益者同盟の設立は、相信会執行部が行ったような形態を取ってはいるものの、実質的には債権者が中心となって進め、他の理事はこれに同調したに過ぎないものであった。

(二)  以上に一応認定した事実によれば、受益者同盟の設立には、債務者が指摘するような問題があり、これは外務員委任契約書第二条の「(債権者)は、委任事務を処理するにあたっては、証券取引法その他関係法令、日本証券業協会および証券取引所が定める諸規則、ならびに別に定める営業員服務規則等の諸規則を誠実に遵守し、投資家保護の精神に反するような行為、(債務者)の名誉又は信用を害する行為を行わないものとし、委任の本旨に従って常に誠意をもってこれを行うものとする。」、営業員服務規則第四条の「営業員は、当社の経営方針にのっとり、部長または支店長(以下部店長という)の指示にしたがって相互に協力して積極かつ能率的に業務を遂行し、会社の業績の向上に努めなければならない。」の各規定に反するものと認められる。

したがって、債務者が(一)〈3〉に記載のとおり判断したことも十分に首肯し得るものであった。

2  本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

昭和六〇年六月三日の相信会理事会において、債務者と満七〇歳以上の外務員との外務員契約は、一年間の有期契約とする旨の決議がなされ、これが昭和五六年七月一日以降の契約から施行された。そして、昭和六〇年から平成六年一二月までの間に、右決議に基づいて外務員契約を更新しなかったものは一六例にのぼる。これらはいずれも自己都合で更新を望まなかったため、外務員契約を期間満了により終了したとの形式を採っているものの、実際は、当該外務員が高齢で今後の業務遂行に不安があるとか、あるいは営業成績が振るわないなどの理由により債務者が契約更新をしないこととしたものである。そして、債務者は当該外務員と話し合い、本人の納得を得て自己都合により更新しない旨の届出をさせたというのが実体である。

債権者は、債務者は従来から外務員が満七〇歳を超えても、契約を解消したことはない、七〇歳になって、契約を継続しなかったものが一六名いるが全て自己都合による任意退職である、本人が契約の継続を望んでいるのに、会社がこれを拒否した事例はない旨供述する(〈証拠略〉)が、右に一応認定した事実に照らし右供述は採用できない。

3  以上に一応認定したところによれば、債権者が受益者同盟の設立を進めたことを理由に平成六年三月二四付け承諾書記1により平成七年三月三〇日の期間満了を待たずして外務員契約の継続を中止するということも債務者としては取り得る措置であった。したがって、債務者がこのような事情、その他年齢等を考慮して、債権者について平成七年三月三〇日限りをもって外務員契約を更新しないこととしたことが権利の濫用であると認めることはできない。

四  結論

以上によれば、債権者の本件申立ては、被保全権利について疎明がないからこれを却下することとし、申立て費用の負担につき民事保全法七条により民事訴訟法八九条を準用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 小見山進)

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